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コグレブログ

小暮工業株式会社によるブログです。
「葉隠」
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     葉隠中公クラシックス、2006年発行
    訳者、奈良本辰也
    (1913年、山口県生れ〜2001)

    京都帝大卒、立命館教授、日本近世思想史専攻

    訳者、駒敏郎(1925年、京都生まれ〜2005)京都府立医科大中退、作家、著述業

    佐賀藩二代目藩主鍋島光茂に仕えた山本常朝は光茂没後、出家し隠棲する

    藩主の祐筆を務めた田代陣基は、常朝の隠棲先に訪ね聞き取り編集

    1710年から6年半にわたって収録

    武士は戦闘者である、したたかな奉公人であらねばならぬとする武士道論

    近世の地方武士のもつ多様な文化性を示す

    泰平の時代を生きた武士の処世と知恵の宝庫

     

    武士道と言ふは、死ぬ事と見付けたり

    生か死かいずれか一つを選ぶとき、まず死をとることである。それ以上の意味はない。

    奉公人は、ただひたすらに主人のことを大切に思いつづけなければならない。

     武士の行ないは、敵を討ち取ることよりも、主君のために討死する方が手柄である。

     武士のあり方を一言で言うならば、まず第一に、自分の身命を惜しみなく主君に差し上げることが根本である。このうえで何をするかというと、身を修めて智・仁・勇の三徳を備えることだ。
    智とは、人と相談することだけである。
    仁は、人のためになることをすればよい。
    勇は、歯をくいしばることだ。

     (貪欲)・瞋(怒り)・痴(愚か)の三毒とは、・・・・世間に悪事があったとき・・・、この三ヵ条に外れることがない。

    首尾好く召し仕はるゝ時は誰も進みて奉公する也

     人の身大切成る物は気味合也、命などは散りて行くものなり

     火あやまちする者は少なし、水は心安くおもう故に、溺死するもの多し

     金銀は求むれば有る物也。人は無き者也

     知っていて問うのが礼儀である。
    知らないから質問するのが法である。

    | 武士道 | 11:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |