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コグレブログ

小暮工業株式会社によるブログです。
「地図のない道」須賀敦子
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    「地図のない道」須賀敦子著、
    新潮文庫2002年発行
    2001年新潮社より刊行
    須賀敦子
    (19291998)兵庫県生れ、聖心女子大卒、
    パリ、ローマ留学、
    ’61年ミラノで結婚、日本文学の翻訳、紹介、上智大学
    ’90「ミラノ霧の風景」女流文学賞講談社エッセイスト賞受賞

     

    ヨーロッパの国々、とくにフランスやイタリアでは病院は死に行くところ〉〈病院に入れられたらおしまい〉という考え方が、船底にこびりつく頑固なフジツボみたいに、人びと、ことに貧しい階級の人たちのあいだに根づよくはびこっている。
    「裕福な人々が病気になった場合には自宅で治療を受けるのが普通であった。
    病院はもっぱら貧しい患者たちのためだけに存在していた
    中世以来、ヨーロッパの病院は〈上層〉の人たちの声がかりで〈貧病人〉のために設立された、前者の〈慈悲心〉あるいは〈秩序志向〉(そして分類癖)を満足させるために経営されてきた
    貧しい階層の人たちは、だから、いまでも「だれかが入院した」というところを、まるで人攫いに連れて行かれたとでもいわんばかりに、あるいは、いやがるのを無理やりにといった悲しみを胸の奥の悲で噛みしめているかのように、「だれそれは病院に連れて行かれた」という。
    警察に〈ひっぱられた〉という表現にどこか似た、病気の理不尽な暴力に加えて、お上に対する庶民の納得できない憎しみがこめられている


    ブロツキーノーベル賞記念式典講演「専制国家における殉教者や精神の支配者となるよりは、民主主義における最低の落伍者になったほうがいい考えて、
    [私は]ついに祖国からも遠く離れてしまった」

    外国体験について書くときには、いくつかの時期があると思う。最初は
    「行きました、見ました、書きました」の紀行文の時期。
    ・・・定住者感覚をもつにいたったこの時期には、自前の比較文化論を書きたくなる人が少なくないだろう。しかしそのあと、
    人びとの生活と考えの多様性がみえてくると、そんな威勢のいい普遍化はむずかしくなる。
    これまでかなりに時間と努力をついやして学んだ言語にしても、−従ってその土地と文化が―根をおろしている地層の深さまではとうていたどりつけないだろうと、気落ちしはじめる。
    沈黙に徹するか、それともあえて口をひらこうとするなら、そのあとにどんな道が残されているか。

    | 須賀敦子 | 10:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |