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コグレブログ

小暮工業株式会社によるブログです。
「グレートギャツビー」フィッツジェラルド 著、村上春樹訳
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    「グレートギャツビー」
    村上春樹翻訳ライブラリー、
    2006年発行

    フランシスコ・スコット・フィッツジェラルド
    村上春樹

    フランシスコ・スコット・フィッツジェラルド
    (1896
    1940ミネソタ州生れ)

    プリンストン大学中退、陸軍入隊、
    除隊後
    1920「楽園のこちら側」が全米ベストセラー

    アルコール依存症、妻の発狂と闘病、心臓発作で急死


    村上春樹が
    30代の後半頃に、60歳になったら翻訳を始めようとして、誕生日を待ちきれずに翻訳した

    「キャッチャー・イン・ザ・ライ」とこれは、
    これだけは自分の手で訳したいと思ったと言う

    翻訳には多かれ少なかれ賞味期限があるという、
    辞書と同様に古びていく

    「カラーマーゾフの兄弟」
    「ロング・グッドバイ(レイモンド・チャンドラー)
    これが、著者の人生に不可欠の作品だという


    舞台は
    1922

    「グレートギャツビー」が
    「文学史に残る傑作」として世間で高く評価され、ハイスクールにおける必須の副読本となり、毎年数十万部単位で売れるようになったのは、著者の死後である

    著者は読者より先に進みすぎた

    「ギャツビーの口癖」
    olds sportは日本語に適当な訳語が見つからない
    「オールド・スポート」と訳す以外に無い、
    英国人の当時の言い回しだったか、今の「
    old chap」に近いはず

    アメリカ人はそんな表現は使わない、
    似た表現は「
    my friendになるだろう


    冒頭と結末の部分が定評のある名文だ

    「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」

    「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないのだと」

    人生のいくつかの約束に向けて、ぴったりと照準を合わせることのできるとぎすまされた感覚が、彼には備わっていたのだ

    それは彼に尋常でない希望を抱かせ、強い夢想へと駆り立てた

    ギャツビーは最後の最後に、彼が人としてまっすぐであることを僕に示してくれた

     

    「友情とは相手が生きているあいだに発揮するものであって、死んでからじゃ遅いんだということを、お互いに学びましょうや」

    「死んだ人はただそっとしておけというのが、あたしのルールです」


    「不注意な運転をする人が安全なのは、もう一人の不注意なドライバーと出会うまでだって。
    それでどうやら私はもう一人の下手なドライバーに出くわしたみたいね。そう思わない?
    こんな的はずれな思い込みをするなんて、不注意だったわ。
    私はね、あなたは正直で曲がったところのない人だとみていた。
    そしてあなたもそのことを密かに誇りにしていると思っていた」


    彼らは思慮を欠いた人々なのだ。
    いろんなものごとや、いろんな人々をひっかきまわし、台無しにしておいて、あとは知らん顔して引っ込んでしまう
    ―彼らの金なり、測りがたい無思慮なり、あるいはどんなものか知れないが、二人を一つに結び付けている何かの中に。
    そして彼らが後に残してきた混乱は、他の誰かに始末させるわけだ・・・・・
    ()

    | 村上春樹 | 16:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    「海辺のカフカ」村上春樹
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      「海辺のカフカ 上、下」
      村上春樹著、
      2005年発行、新潮文庫

       

      自由なるものの象徴を手にしていることは、自由そのものを手にしているよりも幸福なことかもしれない

      あの頃は何も考えなくてよかった、と彼は思った。
      ただそのまんま生きていればよかったんだ。
      生きている限り、俺はなにものかだった。
      自然にそうなっていたんだ。
      でもいつのまにかそうではなくなってしまった。
      生きることによって、俺はなにものでもなくなってしまった。

       

      僕らの人生にはもう後戻りができないというポイントがある。
      それからケースとしてはずっと少ないけれど、もうこれから先に進めないというポイントがある。
      そういうポイントが来たら、良いことであれ悪いことであれ、僕らはただ黙ってそれを受け入れるかしかない。
      僕らはそんなふうに生きているんだ
      ()

      | 村上春樹 | 11:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |