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コグレブログ

小暮工業株式会社によるブログです。
「市場には心がない 成長なくて改革をこそ」都留重人
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    「市場には心がない 成長なくて改革をこそ」
    都留重人、岩波書店、
    2006年発行

    都留重人(1912年東京生れ〜2006)

    ハーヴァード大経済学部卒、48年、東京商科大教授、72年、一橋大学長、明治学院大教授、一橋大名誉教授


    社会保障にかんして第一に提起される原則的な問題は、それが権利なのか恩恵なのかという点である。権利だとすれば、国民は保障せよと主張できるわけだが、恩恵だとすれば、それはいただくものということになる。

     

    アメリカについて、「奇跡的にも野蛮から退廃へ直行した歴史上唯一の国だ。普通は通過する文明という時期を通らないで」と皮肉ったのは、フランスのかつての宰相クレマンソー(1841〜1929)・・・・・少なくとも理想の上では、アメリカは「自由の祖国」であったし、また「思想の自由」についての伝統も、・・・・・・「われわれと同じ意見を持っているもののための思想の自由ではなしに、われわれの憎む思想のためにも自由を与えることが大事である」

     

    日本は優秀な官僚組織をもっているが、国策における重要な調整でイニシャチブをとる政府“を持ってないみたいだ

     

    ラスキンにおいても、「労働」は明らかに「費用」であるのだが、それとは逆に、「仕事」は「人間の最も美しい行動、人間的知性の最高の成果、労苦とは逆のrecreativeな活動」にほかならぬとしたのである。これがすなわち「労働の人間化」という考えかたにほかならない。ラスキンのこの「労働の人間化」という考え方に呼応したのが、彼の盟友ウィリアム・モリスの唱えた「生活の芸術化」という発想であって、モリスの哲学は、「真の芸術は労働における喜びを人が表現するところのもの」であり、生活の過程で「すべての人が潜在的にもつ生きていることの喜びを自発的に表現することで芸術の真正の新しい誕生がある」としたのであった。

     

    エズラ・J・ミシャン

    「経済学の神話性」「より多いことは、より悪いことだ」

    労働人口の大半が自らを中流階級とみなしているような比較的ゆたかな社会においては、「市民の福祉は、なかんずく他人との相対関係における市場財に対する彼の支配力に依存する」

     

    アダム・スミスThe Wealth of Nations

    valueという言葉には二つの意味があると言い、一つは”value in use(使用価値)で、いま一つは“value in exchange”「交換価値」として、例をあげるなら、水は人間生活にとり不可欠なほど使用価値が高いが、交換価値のほうはゼロに近いのに対し、ダイアモンドとなると、使用価値はきわめて限られているのに、交換価値は絶大である、・・・・・

    | 都留重人 | 12:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    「殉死」司馬遼太郎
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      「殉死」司馬遼太郎
      文春文庫、2009年発行、1978年刊行

      司馬遼太郎(1923大正12年大阪市生れ〜1996)大阪外語大蒙古語科卒、直木賞菊池寛賞吉川英治賞日本芸術院恩賜賞読売文学賞朝日賞日本文学大賞大佛次郎賞文化功労者文化勲章


      男がどのような女を妻として迎えるかは偶然かもしれない。しかし、聡明な女性を選択した人生の帰結は、どこか劇的な必然があったかのような印象を時として与えるのだ。

       

      精神主義は多くは無能な者の隠れ蓑であることが多いが、乃木希典のばあいにはそういう作為はない。しかしながら歴史の高みからみれば、結果としてはそれと多少似たものになっている。

      「自分の生涯は案山子である」

      日本陸軍の慣習は、司令官の能力を棚上げするところにある。作戦のほとんどは参謀長が立案し、推進してゆき、司令官は統制の象徴であるという役割のほか、作戦の最終責任をとる存在であるにすぎない。


      死は自然死であってはならないという、不可思議な傾斜が乃木希典においてはじまったのは、よほど年歴がふるい。かれは最後にその意思的な死を完成させるのだが、むしろこの傾斜がかれの生きつづけてゆく姿勢を単純勁烈にささえていたともいえるのではないか。

      陽明学派・・・おのれが是と感じ真実と信じたことこそ絶対真理であり、それをそのように己が知った以上、精神に火を点じなければならず、行動をおこさねばならず、行動をおこすことによって思想は完結するのである。・・・・行動をともなわぬ思想というものを極度に卑しめるものであった。・・・・至純さを尊び、結果の成否を問題にしない。


      陰性で暗い印象の教育者などあってはいいものではない。

      希典は帝にとって誠実の提供者であり、誠実はときとして滑稽感をともなう。


      静子「いでまして帰ります日のなしと聞く 今日のみゆきにあそぶ悲しき」


      電車に乗っていると、すわろうとおもって、そのつもりで鵜の目鷹の目で座席をねらって入ってくる。ところがそういう者はすわれないで、ふらりと入ってきた者が席をとってしまう。これが世の中の運不運というものだ。
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      | 乃木希典 | 16:52 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      「晩年」太宰治
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        「晩年」太宰治著、新潮文庫1947年発行、1936刊行

        太宰治(19091948)青森県金木村生れ、本名、津島修治、東大仏文科中退、酒場の女と鎌倉小動崎で心中を謀り一人助かる、1935年「逆行」1芥川賞次席、1939井伏鱒二の世話で石原美智子と結婚、山崎富栄玉川上水で入水自殺

         

        自殺を前提にして、遺書のつもりで小説をかきはじめた

        自分はプロレタリアではなく、農民を搾取する大地主の子であり、「滅びる人間」「滅民の民」である・・・・・・滅びることによってのみこの世の中に役に立つことができるのだ

        「葉」

        小説を、くだらないとは思わぬ。おれには、ただ少しまだるっこいだけである。たった一行の真実を言いたいばかりに百頁の雰囲気をこしらえている

        ほんとうに、言葉は短いほどよい。それだけで、信じさせることができるならば

        「思い出」

        化学には方程式があり幾何には定理があって、それを解する完全な鍵が与えられているが、文学にはそれがないのです、許された年齢、環境に達しなければ文学を正当に掴むことが不可能と存じます

        | 太宰治 | 14:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        「帰郷」トマス・ハーディ
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          「帰郷(THE RETURN OF THE NATIVE)
          トマス・ハーディ(THOMAS HARDY)著、

          小林精一(帝塚山学院大名誉教授)
          浅野萬理子
          (甲南女子大非常勤講師)訳、

          1991年発行、発行所蠕蘊

           

          ハーディーの小説の分類は、

          (A)性格と環境の小説

          (B)ロマンスと幻想の小説

          (C)創意に富む小説

          「帰郷」は、ギリシャ悲劇をお手本として書いたもの

          (1)   筋は一つで、不幸で一貫させ幸福を入れたならぬ

          (2)   場所は1日以内で移動できる範囲内

          (3)   時間は1日以内の出来事

          「帰郷」は1842115日〜1843116日まで「1年と1日」の出来事としている

          「人生は耐えしのぶべきもの」という人生観を打ち出し、それに基づく主観で貫かれた

           

          他の人には大切で、僕にはそうじゃないものが沢山ある・・・・僕の身体はあまり手がかかりません。
          僕は美食を楽しむことなんてできないし、上等な物も僕には無駄になります。・・・・そうした物にかかる金を他の人のために使っていいわけです

          手に入れにくいものに焦がれ、差し出されたものにうんざりする、遠くのものを求め、近くのものを嫌う。・・・・・・感情的な男の真の特徴である

          ・・・・・「親は子が犯す人殺しの原因だ」というようなものですよ、・・・・・でも僕は、生きていく恐ろしさに慣れてきている。
          人間は長い間、不幸とつき合っていると、その不幸を笑うようになるそうだ。・・・・・希望がないだけだ。
          そして僕が何より残念なのは、僕が犯したことに対して、人も法律も僕を罰することができないってことなんだ!
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          | トマス・ハーディ | 13:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          「津軽」太宰治
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            「津軽」太宰治著、新潮文庫1951年発行、1944年作

            太宰治(19091948)青森県金木村生れ、本名、津島修治、東大仏文科中退、酒場の女と鎌倉小動崎で心中を謀り一人助かる、1935「逆行」1芥川賞次席、1939井伏鱒二の世話で石原美智子と結婚、山崎富栄玉川上水で入水自殺

             

            旧家は魔性の古沼のようなもので、代々の恨みを宿した奇怪に捩れた生命が生れる可能性をもつ。そこには格式の高い、潔癖な倫理性と、同時にそれに反発するような淫蕩の血と、この矛盾した二つのものが摩擦しあいながら流れている。

            地方の豪家に生まれたということは、革命の予感とともに絶えず彼を脅かしていた。前者の場合には、無頼と愛欲と自殺の試みへ、後者の場合には、左翼運動へ赴いたわけだが、この感受性の鋭い人が政治闘争に耐え得る筈もなかった。忽ち脱出逃亡する。一方愛欲と自殺の試みからも二度失敗し逃亡する。

             

            「修治だ」私は笑って帽子をとった。

            「あらら」それだけだった。笑いもしない。まじめな表情である。でも、すぐにその硬直の姿勢を崩した、さりげないような、へんに、あきらめたような弱い口調で、「さ、はいって運動会を」と言って、たけの小屋に連れて行き、「ここさお座りになりせえ」とたけの傍らに座らせた、たけはそれきり何も言わず、きちんと正座してそのモンペの丸い膝にちゃんと両手を置き、子供たちの走るのを熱心に見ている。けれども、私には何の不満もない。まるで、もう、安心してしまっている。足を投げ出して、ぼんやり運動会を見て、胸中に一つも思う事が無かった。もう、何がどうなってもいいんだ、というような全く無憂無風の状態である。平和とは、こんな気持ちの事を言うのであろうか。もし、そうなら、私はこの時、生れてはじめて心の平和を体験したと言ってもよい。・・・・・

            | 太宰治 | 16:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |